大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)8971号 判決

原告

長岡勲

右訴訟代理人

岡田義雄

冠木克彦

被告

森田ハルエ

右訴訟代理人

玉井健一郎

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(主位的)

主文一項と同旨

(予備的)<省略>

2 主文二項と同旨

3 被告は、原告に対し、金七四万円及びこれに対する昭和五六年一二月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 主文五項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告土地の周辺状況等について

(一) 原告は、別紙物件目録一記載の土地(以下「原告土地」という。)及び別紙物件目録二記載の建物(以下「原告建物」という。)をそれぞれ所有しているが、原告土地は、別紙土地周辺図記載のとおり、被告の所有にかかる大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番一二宅地一九八・八〇平方メートルの土地(以下「被告土地」という。)及び岡本光治(以下「岡本」という。)所有の同所同番一、同所四〇八番一、同所同番六の各土地に囲まれて袋地となつている。

(二) 原告建物は、昭和五四年九月ころ完成し、原告は、昭和五五年七月三一日以降、右建物に居住している。

2  原告建物への電気引込線架設関係について

(一) 原告は、関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)高槻営業所に対し、昭和五四年一〇月ころ、原告建物への電気引込線設置方を申込み、同営業所はこれに応じて、同年一一月二〇日及び同月二五日の二回にわたり、別紙物件目録三記載の電柱(以下「本件電柱」という。)から原告建物へ電気引込線を架設する工事に着手したが、いずれも被告の妨害により設置することができなかつた。

(二) 原告土地周辺における電力線用電柱の設置状況は、別紙土地周辺図記載の赤丸印の三箇所であるが、関西電力の電気供給規程によれば、新築建物に対して新たに電気引込線を架設する場合には、既存の電柱のうち直近のものから最短距離で電気引込線を架設するのが原則とされているから、本件においては、直近の電柱である本件電柱から別紙図面(三)記載の、の各点を直線で結んだ線(以下「本件架設位置」という。)沿いに電気引込線を架設するのが原則である。

(三) 原告土地の前所有者である森田厳(以下「森田」という。)は、本件電柱から電気の供給を受けている前記岡本方の軒先を経由して電気の供給を受けていたが、右と同一の方法で原告建物へ電気を供給することは、前記の原則に反するばかりでなく、仮に、右方法をとらざるを得ないとすれば、岡本方の軒先を借りるための同人の承諾が必要であるが、同人はこれを承諾しておらず、現段階では本件電柱からの直接の引込み以外に方法がない。

(四) 関西電力では、本件電柱を別紙物件目録六記載の場所へ移設することも考慮しているところ、この方法によれば、電柱の移設費用が移転申請者である原告の負担となるが、この場合にも被告土地を利用することになるため被告の承諾が必要である。しかるに、被告は原告との一切の交渉に応じていない。

(五) 別紙土地周辺図記載の黒丸印の電話線用電柱を利用して、原告建物まで電気引込線を架設する方法については、将来の未確定の計画であるうえ、電柱及び電気引込線通過部分の敷地所有者である岡本の承諾が得られていない。

(六) 本件架設位置に電気引込線を架設すれば、被告の所有に属する平屋建アパートの上空を横切る形となるが、地上から約八メートル程度の高さであるから、それ自体は何ら被告に損害を与えるものではないし、また将来、右引込線の存在により被告に何らかの支障を生じるならば、被告の申請により、関西電力の費用をもつて、本件電柱及び電気引込線を適当な場所に移設することができるのである。

(七) 以上の事由の存する本件においては被告は、民法二〇九条ないし二一一条、二二〇条の規定の類推適用により、本件架設位置への電気引込線の架設を受忍すべき義務があり、これを妨害することは許されない。仮にそうでないとしても権利の濫用である。

(八) <省略>

3  原告土地の排水関係について

(一) 原告土地から生じる下水は、森田の時代から、横田灌漑用水組合が別紙土地周辺図記載の青実線部分の地中に設置した灌漑用給水管を経て、別紙土地周辺図記載の赤実線部分に存する高槻市管理の公共下水道まで排水されており、右給水管は、昭和五六年三月ころ、別紙土地周辺図記載の青鎖線部分に新たな灌漑用水路が完成したため、灌漑用としては廃止され、名実ともに周辺住民のための排水管として利用されるに至つた。

(二) ところが被告は、昭和五六年五月二日、別紙物件目録四記載の部分に存在した前記給水管(以下「本件給水管」という。)を撤去したうえ、別紙図面(三)記載の斜線部分にコンクリート壁を埋込み、右排水路を閉鎖した。

(三) しかしながら、原告が従来どおりに前記給水管を排水のために使用することによつて、被告に何ら特段の損害が生じるわけではなく、また、他に原告土地から公共下水道まで通水しうべき適当な土地又は排水設備も存在しない。

(四) 以上の事由の存する本件において、原告は、以下に述べるとおり、原告土地の排水につき被告土地を使用しうる権利を有するものである(選択的主張)。

(1)、(2) <省略>

(3) 原告土地は、被告土地を通過しなければ公流排水路に排水することができない。よつて民法二二〇条に基づく排水権を有する。

(4) 下水道の整備が公衆衛生にとつて不可欠であることはいうまでもないことであるが、個々人の日常生活において排水できなければ最低限度の健康で文化的な生活が否定されることが明らかであり、相隣関係においても下水道法一一条が類推適用されるべきである。

(五) よつて、被告は、原告が別紙物件目録四記載の部分に請求の趣旨2記載の排水管を設置するため、別紙物件目録五記載の部分において右排水管工事を行うこと及び同排水管を利用して排水することを受忍すべき義務があり、これを妨害することは許されない。仮にそうでないとしても、権利の濫用である。

4  原告の損害

原告は、被告が本件の電気引込線の架設を妨害したために、当初の入居予定時期である昭和五四年一二月から翌五五年七月三〇日まで原告建物に居住することができず、従つて他に居住のための家屋を賃借することを強いられ、その家賃として一か月金三万円、合計金二四万円を支出し、また昭和五五年八月ころ、約一か月間にわたり電気器具のない生活を強いられ、さらに被告の前記給水管撤去行為により、下水が噴出して、原告は原告土地内に穴を堀つて下水溜をつくつて急場をしのがざるを得なくなり、右被告の不法行為による原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金五〇万円が相当である。

以上のとおり、被告は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、合計金七四万円の支払義務がある。

5  よつて、原告は、被告に対し、電気引込線関係につき、主位的には前記電気引込線架設工事に対する妨害の禁止、予備的に前記電柱の設置工事と電気引込線架設工事に対する妨害の禁止、及び前記排水管工事及び右排水管の使用に対する妨害の禁止、並びに不法行為による損害賠償請求権として金七四万円及びこれに対する本件不法行為後の昭和五六年一二月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)の事実は知らない。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告建物への電気引込線が設置されなかつたことは認める、原告が関西電力高槻営業所へ電気引込線架設を申込んだことは知らない、その余の事実は否認する。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

(三)  同2(三)の事実のうち、森田が岡本方を経由して電気の供給を受けていたこと及び右方法により原告が電気の供給を受けるにつき右岡本の承諾が得られなかつたことは認め、その余は否認する。

(四)  同2(四)の事実は否認する。

(五)  同2(五)の事実のうち、岡本の承諾が得られないことは認め、その余は否認する。

(六)  同2(六)の事実は否認する。もし、本件架設位置に電気引込線を架設すれば、それは被告所有建物の二、三メートル上空を斜めに横切ることになつて危険であり、また被告の将来の土地利用に対する重大な障害となる。

(七)  同2(七)(八)の各事実はいずれも争う。

3(一)  同3(一)の事実のうち、横田灌漑用水組合が原告主張の位置に灌漑用給水管を設置していたこと、周辺住民が便宜上右給水管に下水を流していたこと及び昭和五六年三月ころ、右給水管が灌漑用としては廃止されたことは認める。その余は否認する。

(二)  同3(二)の事実は否認する。

(三)  同3(三)ないし(五)の事実はいずれも争う。

4  同4の事実はすべて否認する。

三  被告の主張

1  電気引込架線設置工事関係

(一) 被告は右設置工事を妨害したことはない。

元来、原告の前住人である森田宅への電気引込み線は岡本宅を経由していたところ、原告が所有建物を建て替えるに際して傍若無人の振舞をしたため岡本と不仲となり、そのため岡本が同人宅を経由して電線を設置することを拒否した。

そこで、原告は止むなく関西電力に対して本件電柱からの直接架線を申込んだところ、関西電力は工事に先立ち現場を視察し、本件電柱の敷地所有者である被告に意見を求めたので、被告は、本件電柱は被告がその費用により設置したものであること、原告主張の如く電線を引込むと、被告所有建物の二、三メートル上空を同建物を斜めに横切る形で通過することになり極めて危険であること、被告土地を斜めに二等分する形でほぼ中央を通過するため、将来被告所有土地建物の利用に重大な支障を来すこと等を理由として、右設置に反対したまでである。<以下、事実省略>

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)(原告土地の状況等)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同1(二)(原告建物への居住)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、原告土地は、被告土地及び岡本の所有土地に囲繞されて袋地となつており、原告が公道に出るためには原告土地北側の岡本の所有地内私道を利用する以外に方法はなく、原告が電気を利用するためには、隣接土地のいずれかの上空に電気引込線を架設せざるを得ず、また、原告土地から生じる下水を公共下水道まで排出するためには、同じく隣接土地のいずれかの地中に排水管を設置し、これを利用せざるを得ない状況にあるものと認められる。

二電気引込線架設関係について判断する。

1  <証拠>によれば、原告は、関西電力高槻営業所に対して、原告建物が完成した昭和五四年九月ころ、原告建物への電気引込線架設を申込んだので、関西電力は、同年一一月末ころ、本件電柱から原告建物へ電気引込線を架設する工事に着手しようとしたが、その際、被告は、関西電力に対し、もし被告土地上に他人の電気引込線が存すれば、将来子供の成長により家屋建替えの必要が生じた場合に障害となること、本件電柱は被告がその費用負担により設置したものであること、したがつて、原告が新規に電気の引込を希望するならば、原告土地から東方の公道に通ずる岡本所有の私道の西端に原告の費用で新たな電柱を設置して右電柱から電線を引込めばよいことを理由として、本件電柱からの被告土地上への電気引込線の架設を拒否したため、関西電力は、前記工事への着手を断念するに至つたとの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかるところ、被告は、右設置工事を妨害したものではない旨主張する。確かに、右認定のとおり、現段階では、被告が実力で右工事を積極的に阻止する行為に出たものではなく、関西電力からその承諾を求められたのに対してこれを拒否したものにすぎない。しかしながら、証人西邑博次の証言によれば、関西電力に対して電気引込線架設の申出がなされ、右工事のため第三者所有土地を使用せざるを得ない場合、関西電力は右第三者との間で土地使用契約を締結するが、申出人と第三者間に紛争がある場合は右使用契約が締結できないので、関西電力は紛争回避の見地から、原則として工事を強行することはせず、工事の着工を見合わせているのが現状であることが認められるから、本件においても、前記のとおり、関西電力が被告の不承諾により工事着工を見合わせたことは止むを得ないものというべきである。したがつて、被告の不承諾が事実上本件工事の中止の原因となつていることを否定できないから、右不承諾自体を妨害行為と認めざるを得ない。仮にそうでないとしても、被告が右不承諾の態度をとり続けている以上、工事が着工された場合は、被告は積極的な妨害行為に出るおそれが充分にあるものと推認されるから、いずれにしても、被告の前記主張は採用することができない。

2 ところで、現代社会において日常生活を営むについて電気の利用が必要不可欠のものであるところ、本件の如き袋地へ電気を導入する場合、供給者と隣接の囲繞土地所有者との間でそのための工作物設置について土地使用契約が締結される場合は問題はないが、右契約が締結されない場合、袋地所有者が隣接土地所有者に対して何を根拠として電気引込線の架設を受忍することを求め得るかについて直接これを規定した明文はない。しかし、右請求権が究極的には袋地所有者の土地所有権に基づくものと解するのが相当であるところ、電気の導入も囲繞地通行権と同様の必要性に基づくものであるから、このような場合には、隣接土地相互間の利用関係の調整を目的とする民法の相隣関係に関する規定の趣旨を類推して、隣接土地の所有者は、袋地所有者が、当該電気引込線架設工事に要する費用の多寡、手続の難易、隣接土地所有者の被る損害の大小等の諸事情を総合考察したうえ、最も合理的、合目的的でかつ損害の少い土地部分の上空に電気引込線を架設し、ないしは電力会社をして架設せしめることを受忍すべき義務を負担するものと解するのが相当である。

3  そこで、右の法理に基づいて本件につき検討する。

<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  一般に新規に電気引込線を架設する場合には、既存の直近の電柱から最短距離で架設することが、経済性及び安全性の面から最も望ましいとされ、関西電力も原則的に右の方法を採用しており、これによるならば、本件電柱から原告建物へ、本件架設位置付近に電気引込線を架設すべきこととなる。

(2)  原告土地の前所有者である森田は、従前、岡本方の軒先を経由する形で電気引込線を架設していた(この点については、当事者間に争いがない)が、このように変則的な方法は、本来当該家屋の建替えの際に是正すべきものであるばかりでなく、右方法によるためには、改めて被告及び岡本の承諾が必要であるところ、いずれも現在まで右承諾は得られておらず(岡本の承認が得られていない点については、当事者間に争いがない。)、また岡本方への配電方法は、旧来の方式である二本の引込線によつているのに対し、原告建物へは、近時、より効率的な方法として採用されている三本の引込線によつているため、右方法によるためには、いずれかの建物の配線方法を変更する必要がある。

(3)  関西電力では、本件電柱を別紙物件目録六記載の土地部分へ移設し、被告所有建物の上空を避ける形で電気引込線を架設する方法も検討しているが、右方法によるには、電柱の敷地所有者である被告及び電線通過部分の敷地所有者である森田ツネの承諾が必要であるところ、森田ツネの承諾は得られる見込みであるが、被告の承諾は得られていないし、また電柱移設の費用については、原告が申請する場合は、原告が現在、当庁昭和五五年(ヨ)第三四三七号不動産仮処分申請事件に対する仮処分決定に基づき、電気引込線の架設を受けて、電気を供給されているため、関西電力の取扱としては、右電柱の移設が現在の使用状況に不満であることによるものとして、全額原告の負担となるのに対し、被告が申請する場合は関西電力の負担となる。

(4)  原告は、別紙土地周辺図記載の黒丸印の位置に存する電話線用電柱を利用して原告建物へ電気引込線を架設することも検討したが、右電柱は電話線専用であるため、電力線を搭載するには電柱自体を建替える必要があり、そのためには、電々公社との協議及び電柱の敷地所有者である岡本の承諾が必要であるが、右承諾は得られていない(承諾が得られないことについては当事者間に争いがない。)し、さらに前記同様の理由により建替え費用は原告の負担となる。また、原告土地北側の私道上に電柱を移設するとすれば、私道所有者の承諾が必要であるが、右私道は、農業用機械の通行のため、現に利用されているが、幅員が狭く、新たに電柱を設置すればその通行に支障を来たすことになるので、右承諾が得られる見込みはない。

(5)  他方、本件架設位置付近に電気引込線が架設された場合の被告の損害としては、現在のところ、土地の利用状況及び安全性のいずれの面からも特に問題とすべきものはなく、ただ将来、約八メートル以上の高さを有する建物を建設する場合に、右電気引込線の存在が障害となる可能性はあるが、その場合でも、被告が関西電力に対して電柱の移設を申出ることにより、関西電力が費用全額を負担して電柱を移設し、右移設場所についても技術的な支障等がない限り、被告の希望に応じる取扱である。

4 以上の認定事実によれば、原告土地への電気の供給方法としては、本件電柱から原告建物へ本件架設位置付近に電気引込線を架設することが最も合理的であり、かつ、これによつて被告の被る損害も僅少であるものと認められるから、民法の相隣関係の調整規定である同法二〇九条ないし二一一条、二二〇条の規定を類推適用して、被告は原告に対し、右引込線の架設工事を受忍すべき義務があり、これを妨害することは許されないというべきである。なお、<証拠>によれば、関西電力では、本件程度の引込線の架設のみの場合は、償金を支払つていないことが認められるから、本件についても、被告は無償で右工事を受忍すべきものである。

三次に、排水関係について判断する。

1  従来、横田灌漑用水組合が別紙土地周辺図記載の青実線部分の地中に灌漑用給水管を設置していたこと、周辺住民が右給水管へ各々の下水を流出せしめていたこと、右給水管は昭和五六年三月ころ灌漑用としては廃止されたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

2 ところで、本件の如き袋地所有者が隣接土地の所有者に対し、既に述べた電気引込線の架設と同様に、下水通水権を有することは、下水道法一一条、民法二〇九条、二一〇条、二二〇条の類推適用により明らかであるが、かかる場合においても他人の土地又は排水設備にとつて最も損害の少ない場所又は箇所及び方法を選択しなければならないこともまた当然の要請であつて、右損害の大小は、工事を要する区間の長短、隣近土地の利用状況、従前の通水経過等を総合考察し、通水権者の負担する工事費用の点も斟酌したうえで判断すべきである。

3  これを本件についてみると、右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  前記給水管は、横田灌漑用水組合が、もともと別紙土地周辺図上の北側に位置する大阪府高槻市梶原五丁目四〇八番一、同所四〇七番一、同所四〇六番一等の水田の灌漑用に設置したものであるが、事実上、右用途に使用しない時には、給水管の北側端に土のうを詰め、周辺住民の排水した下水が別紙土地周辺図記載の赤実線部分に存する高槻市の管理にかかる公共下水道へ流入するように運用されていた。

(2)  横田灌漑用水組合は、昭和五六年三月ころ、別紙土地周辺図記載の青鎖線部分に新たな灌漑用水路を設置したため、前記灌漑用給水管を撤去しようとしたが、右給水管に下水を排水していた原告、被告、岡本、森田ツネ等周辺住民がこれに反対し、その結果、材料費を右組合が負担し、工事費を右四名が適宜分担する形で従来の土管の大部分をビニール製排水管に付け替えた上で、新たに排水管として利用されることになつた。

(3)  ところが被告は、昭和五六年五月ころ、前記排水管のうち、別紙物件目録四記載の場所に存した部分を撤去した上、別紙図面(三)記載の斜線部分にコンクリート壁を埋込んだ。他方、前記給水管のうち、別紙図面(三)記載のA点以北の部分は、下水を前記水田へ流入させないように撤去されたため、原告土地から生ずる下水は行き場を失い、地上に噴出し、原告は原告土地内に穴を掘つてその中に下水を溜める等して急場をしのがざるを得ない状況となつた。

(4)  ところで、別紙物件目録四記載の場所に口径一五センチメートルのビニール製排水管を設置し、これを原告に利用させることにより被告に生ずべき損害としては、排水管設置工事自体によるものとその後の排水によるものとが考えられるが、いずれも排水管設置の距離が短かく、かつ、被告土地の北東端に位置して私道として利用されている部分であるため、比較的僅少であり、また右工事により原告の負担すべき費用も少額で済むことになる。

(5)  他方、原告土地から生ずる下水の排水方法としては、原告土地の北側に存する私道沿いに排水管を設置し、大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番二岡本冨士男方東側公道沿いに存する私設の排水溝に排水することも考えられないではないが、もしこの方法によるとすれば、私道所有者である岡本らの承諾が必要であるが、工事期間中通行に支障がある等の理由で断わられる可能性が高く、また右排水溝所有者の承諾も必要となり、さらに排水管を設置すべき距離が長大になるため、原告の負担すべき工事費も多額に上ることになる。

4 以上の各認定事実によれば、別紙物件目録四記載の場所に排水管を設置することが、隣近土地にとつて最も損害の少ない方法であると認められるから、被告は、原告に対し、右排水管の設置及び利用を受忍すべき義務があり、右工事を妨害することは許されないものというべきで、したがつて、被告が、昭和五六年五月ころ、一方的に右排水管の一部を撤去し、コンクリート壁を埋め込んだ行為は、原告が有する通水権を違法に妨害する行為と認めざるを得ない。被告は、右行為と前記溢水との間の因果関係を否定する主張をなし、被告本人尋問の結果中に右主張に沿う供述部分があるが、前記認定事実に照らしにわかに措信し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

四そこで、進んで原告の損害賠償請求について判断する。

1  先ず、原告は、被告が、原告建物への電気引込線架設工事を妨害したために、原告建物に居住することができず、他に居住のための家屋を賃借することを余儀なくされて、その間の賃料相当額の損害を被つたほか、電気器具のない生活を強いられたことによる精神的苦痛を被つたと主張している。

しかるところ、被告が電気引込線架設工事のため被告土地の使用を承諾しなかつたことが、右工事に対する妨害行為と認めざるを得ないこと、そして右不承諾に相当の理由がないことは前判示のとおりであり、さらに前掲各認定事実によれば、被告の不承諾には自己の権利主張に固執するあまり、そのためには原告に不便を強いることになつても止むを得ないとの意図が窺われないではない。

そうであれば、被告の不承諾はその程度は軽微であつても、違法の評価を免れえないものというべきである。よつて、被告は原告に対し右妨害による損害賠償義務があるところ、原告は、賃料相当額の損害を被つた旨主張するけれども、他に賃借家屋を求めることは必然のことではないから、これが相当因果関係内の損害であるものとは未だ認め難く、結局、原告が電気器具のない生活を強いられたことによる精神的損害の範囲でこれを認めるのが相当である。

2 次に前記三、2(3)で認定した事実によれば、被告は故意に、別紙物件目録四記載の場所に存した排水管を撤去する等して、原告の排水を妨害したものであり、右場所につき原告が下水通水権を有することは前説示のとおりであるから、被告は違法に原告の権利を侵害したものである。そして、前記三、2(3)で認定した事実によれば、被告の前記排水管撤去行為によつて、原告土地付近で下水が噴出し、これに対する対応を迫られる等の事態を生じ、<証拠>によれば、このような状況は、昭和五六年六月一五日ころまで続いたものと推認され、これらの事情によつて、原告が相当の精神的苦痛を蒙つたことが明らかである。

3  そこで、右1、2の事実関係の下において慰藉料額について検討するに、本件は相隣関係から発生した紛争であり、原告の権利性も必ずしも明確でない状況にあつたこと、電気引込線架設については関西電力の判断、行為が介在していること、被告の妨害行為のうち、電気引込線架設不承諾の違法性の程度は軽微であること、原告側にも被告と充分協議の機会を求める等の努力に欠ける点があり、全く落度がないものとはいえないこと等を総合考察すれば、右慰藉料額は金一〇万円をもつて相当であると認められる。

五結論

以上の次第で、原告の本訴請求のうち、電気引込線架設工事に対する妨害排除を求める主位的請求及び排水管工事に対する妨害排除を求める請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、損害賠償請求については金一〇万円及びこれに対する弁済期後である昭和五六年一二月一六日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(久末洋三 三浦 潤 多見谷寿郎)

物件目録

一 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番五

宅地 一一五・七〇平方メートル

二 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番五所在

木造二階建居宅

床面積

一階 四九・一四平方メートル

二階 三九・七四平方メートル

三 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番一二所在

電柱(関電梶原二五南五西三北三)

(但し、別紙図面(一)記載の点に存在するもの。)

四 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番一二

宅地 一九八・八〇平方メートルのうち、

別紙図面(三)記載の、の各点を直線で結んだ線の地下約四五センチメートルの部分

五 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番一二

宅地 一九八・八〇平方メートルのうち、

別紙図面(三)記載のa、B、丙″、丙、aの各点を順次直線で結んだ線により囲まれた範囲の部分及び右部分の地下一メートルまでの部分

六 大阪府高槻市梶原五丁目四〇九番一二

宅地 一九八・八〇平方メートルのうち、

別紙図面(二)記載の点

図面(三)の説明

一 甲は原告建物の東側塀の東北端の点

二 乙は原告建物の東側塀東南端の点

三 丁は甲から岡本光治所有建物の西側コンクリート土留壁の西端線に対し、垂線をおろし、これと交わる点

四 丙は乙から岡本光治所有建物の西側コンクリート土留壁の西端線に対し垂線をおろし、これと交わる点

五 丙′は、丁と丙を直線で結んだ線を南側へ延長した線上の点であり、丙から南側へ一・〇メートルの点

六 丙″は、丁と丙を直線で結んだ線を南側へ延長した線上の点であり、丙から南側へ一・五メートルの点

七  は、乙と丙を直線で結んだ線上の点であり、乙から西側へ一・一一メートルの点

八  は、から南側へ一・〇メートルであり、かつ丙′から西側へ〇・四二メートルの点

九 aは、乙と丙を直線で結んだ線上の点であり、丙から一・〇メートルの点

一〇 βは、aから南側へ、丙と丙″とを直線で結んだ線に平行な線をおろした場合の右平行線上の点であり、aから一・五メートルの点

一一  は別紙物件目録三記載の電柱の地上約八メートルの点

一二  は、原告建物の二階屋根頂上やや東寄りの電気引込み口で、地上約八メートルの点

図面(二)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例